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労災補償と労災保険だけでは足りないのか?
使用者に故意又は過失があった場合、労災補償や労災保険給付の価額の限度を超える損害について,民法上の損害賠償責任を負います。
会社が従業員に対して負う義務
会社が従業員に対して損害賠償責任を負う場合とは、
①従業員の主張する損害が業務から生じたこと
②会社に安全配慮義務違反があること
の2つの要件を満たす場合です。
この安全配慮義務とは,会社が労働契約上負う,従業員の生命及び身体を危険から保護するよう配慮する義務(労働契約法5条)で,具体的には,仕事を遂行するのに使用する施設,機器,重機,乗物,道具等の物的設備の管理と,安全教育や労働量の調整,職場環境の調整等の人的組織の管理を十分に行う義務です。
なお,安全配慮義務は労働契約上の義務であり,会社と直接の労働契約のある従業員に対してのみ負うのが原則ですが,元請会社は下請会社の従業員についても,使用者,被使用者の関係と同視できるような経済的,社会的関係が認められれば,下請会社の安全配慮義務と同一内容の義務を負います。
裁判所が認めた安全配慮義務の内容の例
事故
- 航空自衛隊について,ヘリコプターの部品の性能を保持し機体の整備を十分に行う義務
- 強盗侵入防止の物的設備を十分に施し,宿直員の安全教育を行う義務
脳・心臓疾患
- 長時間勤務による過重労働を抑制する措置をとる義務
- 業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の持病を悪化させ,心身の健康を損なうことがないように注意する義務
(→タイムカードの記載の確認や,労働者に事情を聴くこと,健康を保持するために医師から個別に意見を聴くなど情報を収集し,労働者の持病の増悪を防止すること。健康診断を行い,その結果に基づいた医師の指導を受けさせるだけでは義務をつくしたことにはならない。)
うつ病
- 業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務
自殺について
- 仕事量の調整
- いじめの調査,改善策を講じる義務,いじめを防止するための職場環境を調整する義務
労働者の持病や落ち度等が考慮され会社の賠償責任が軽減される
会社に安全配慮義務違反があったとしても,持病,自己の健康管理が悪かった等,従業員側の事情が結果の発生に影響している場合には,会社の損害賠償責任が軽減されます。
以下に裁判例を挙げます,どの様な事情が損害賠償額の減額に影響するのか参考にしてください。
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労働者側の要因 | 会社の過失 | 損害賠償額 | |
---|---|---|---|
うつ病にり患後自殺 大阪高判 平成10年8月27日 |
・自殺以外の解決方法があった ・自殺は従業員の性格や心因的要素によるところが大きい |
・業務が過重であった ・保母としての経験が浅く若い従業員に重大な責任を負わせた ・勤務条件劣悪 |
8割減額 |
心筋症により死亡 大阪地判 平成15年4月4日 |
・肥満傾向であったの減量しなかった ・すうたばこの本数が増加した ・会社に仕事の量を減らすように訴えなかった ・医師からすすめられたのに入院検査をしなかった ・拡張型心筋症の持病 (5年生存率約60%) |
・医師に意見をもとめなかった ・労働者に事情を聴かなかった ・タイムカードを確認しなかった |
5割減額 |
脳梗塞 大阪高判 平成15年5月29日 |
・予防検診で心房細動により治療が必要と診断されたのに治療を受けなかった ・業務中の事故を会社に報告しなかった |
・普段の勤務態度から有給休暇を突然とるのは異例であり,健康診断で心房細動との診断がされていることを知っていたのに,休暇後憔悴したまま出勤した従業員に特別な注意を払わず,休ませる等の適切な対応をしなかった | 4割減額 |
うつ病にり患後自殺 最判 平成12年3月24日 |
・従業員が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事し健康状態が悪化しているのにその負担を軽減するための措置をとらなかった ・従業員の性格は,通常想定される範囲である |
減額なし |