「反-法化」社会から「法化」社会へ【著者 弁護士 西尾孝幸】

論考

「反-法化」社会から「法化」社会へ【著者 弁護士 西尾孝幸】

一 構造改革と司法制度改革

1 構造改革と同時に始まった我が国三度目の司法制度大改革

「国民参加」を理念に掲げた今回の司法制度改革は、法務・検察が「百年に一度の大事業」というほどで力が入っていたもので、明治以降3度目の「大改革」です。

 

第1回目は明治維新の時、帝国憲法の制定に合わせて、西洋にならった司法制度を整えるために行われました。第2回目は敗戦後、民主化された憲法のもと、司法の独立を掲げてなされた改革です。どちらも日本社会の基本的な枠組みを変更せざるを得ないほど社会体制の大変革がなされ、それに適応するために司法制度改革は不可避でした。

 

今回の司法制度改革には、明治維新や敗戦に比較できるような大きな社会変動があった訳ではありません。確かに日本の司法は、世の中の紛争の解決に寄与しない、機能不全の「2割司法」(裁判所は紛争全体の2割だけにしか関与しない)だという悪評が以前から聞かれていました。しかしそういう抽象的な理由だけでこれほど大きな司法制度で改革が実現できるわけではありません。なにか具体的なインパクトとなる社会的変動の背景が必要です。

 

それが小泉構造改革の掲げた「規制緩和による日本社会の構造改革」という大スローガンです。その勢いに乗って司法制度改革を実現したのですが、背景にはやはりアメリカからの強く執拗な圧力がありました。執拗に日本に門戸開放を求めるアメリカからの規制緩和の強い要請は、小泉政権登場以前の1980年代からずっと続いていました。1992年から2000年にかけての大規模店舗規制法の緩和と廃止、1998年建築の規制緩和、1999年人材派遣の自由化、2003年外人弁護士の受け入れ、2001年からの混合医療の導入要請などの要求がアメリカから続々と出され、それを受けた形で日本国内での規制緩和が続々となされ、その延長線上で司法制度改革も進められたのです。

 

さて、こうしてスタートした司法制度改革ですが、肝心の「規制緩和」の理念は大きく後退しました。構造改革の目指した「自由な舞台」はもはや雲散霧消してしまい、いまや「事前規制」のオンパレードです。憲法18条が保障する「苦役からの自由」に違反する惧れがあるとされながらも、「国民の意見・市民感覚を反映させるための国民参加だ」という理由で導入された「裁判員裁判」は、いまや「国民を教育するためだから合憲だ」(最高裁平成23.11.16)とその意義は逆転させられています。司法制度改革は梯子をはずされてしまいました。

 

「明治期以来の新法ラッシュ」といわれた司法制度改革の新法は、平成15年から法科大学院や労働審判制度、法テラスなど、新しい司法制度を次々とスタートさせました。そして平成21年8月には裁判員制度が始まり、予定された改革案のすべてが出揃いました。

 

民事裁判の迅速化も司法制度改革が掲げた目標の一つでした。平成11年に平均9.3月かかっていた一審の裁判期間は、平成21年には6.5ヶ月となり、裁判はかなり期間短縮が実現しました。また、以前は平均11カ月もかかっていた労働裁判も、新たな労働審判制度によって、わずか3、4カ月程度での期間で解決ができるようになりました。不況の影響もあってか、労働審判の申立件数は平成21年・平成22年には年間3千件を超え、この2年で倍増しました。

 

しかし、民事裁判の期間は平成22年にはまた6.8ケ月へと逆戻りし、更に平成23年から平成25にかけては7.5、7.8、8.2ケ月と逆に長期化に向かっています。平成23年7月に最高裁で行われた検討会では、裁判官を増員しない限り迅速化は限界に達している、と自認せざるを得ない事態になりましたが、法曹人口の急増にもかかわらず裁判官の定員は殆ど増えていません。司法制度改革は、足踏みどころ元に戻りつつあります。

 

利用が進んだとされる労働審判にしても平成23年から平成25年にかけては3,600件程度で横ばいです。労働紛争における裁判所の利用は、労働審判を除いた通常の裁判を含めても年間6500件程度にすぎません。これは、フランスの16万件、ドイツの49万件という労働裁判の利用数の足元にも及ばない数です。他方、労基署への労働紛争の相談件数は、日本で年間100万件もあるのです。これこそ日本人の「官」依存の根強さを示すものでしょう。

 

2 潰え去った最高裁の「変革の嵐」と頓挫した「司法制度改革」

司法制度改革は「見捨てられた改革」と言うほかありません。一つは政府が国民の弁護士利用・司法制度利用にストップをかける「家父長的保護主義(パターナリズム)」を発揮し、また一方では最高裁が「変革の希望の星」の役割を放棄してしまったからです。

 

確かに平成17年ころから一時的には最高裁は「市民寄り」「消費者寄り」の立場で、「司法積極主義」の姿勢を明確に打ち出し、社会の変革を担おうという「裁判所の権威」が高揚した時期がありました。

 

平成17年に最高裁(最高裁判所)が、小田急線高架化工事について「周辺住民にも訴える権利がある」と判決を下したころ裁判所の姿勢に変化が見え始めましたのです。国や行政を被告とする訴訟で、彼らを敗訴させる判決が目立つようになりました。その傾向は、国籍法の憲法違反判決(平成20年)、大蔵省の行政を批判して長銀幹部を無罪とした逆転判決(平成20年)等の最高裁判決にも表れていました。立法機関や行政機関に対し、裁判所が優位であることを示す「司法優位」の姿勢が見られたのです。税金の課税を争う税務訴訟は、従来、原告は殆ど勝てないと言われてきたのですが、平成18年度には課税を争う側を勝たせる地裁判決の割合いが2割近くにも達し、「いよいよ税務訴訟の夜明けか」、と期待されました(しかし、その後は勝訴率は下落し、司法制度改革以前に戻っています)。

 

この時期、最高裁は消費者保護も鮮明に打ち出していました。入学辞退者への大学授業料の返還を命じた判決(平成18年11月)、英会話学校NOVAの精算方式を否定した判決(平成19年4月)、あるいは消費者金融に関する最高裁の一連の判決は、「消費者保護をもっと進めるべきだ」と最高裁が自ら主張する「司法積極主義」といえるでしょうし、最高裁が企業に対し、高度で厳しい責任を求める姿勢を取ったと評価できます。

 

最高裁は、建設資金を融資した銀行にも建築基準法の説明義務がある(平成18年6月)、ホルムアルデヒドが発生した電気ストーブの販売について大手スーパーの責任を認める(平成19年3月)、コンビニ本部に対し加盟店への代金明細開示を命じる(平成20年7月)など、特に大企業に高度な責任を求める判決を出しました。また、消費者金融への金利充当や取引履歴の開示、時効など一連の判決(平成17年7月、平成18年1月、平成21年1月)や、保険会社が保険支払いを拒否できる場合を制限した判決(平成18年6月、平成19年4月)などでも、消費者が権利主張を容易にできるよう消費者の権利擁護の姿勢を明確にしていました。

 

そのころの最高裁は「大きな司法」を実現しようとするあまり、「市民感覚」や多数派の意見に乗りかかった安易で世論迎合的な「ポピュリズム」に走った面もあったと思われます。

 

しかし安易に「法的正義」を拡大し、国会での議論を通じて国民の代表による多数決によって白黒を決着させたほうがいい問題についてまで裁判所が口出しして、国の政策を事実上決定するような判決を出すことが、必ずしも好ましいとは限りません。アメリカの政治哲学者のウォルツアーは裁判官は民主的議会の決定に縛られており、それをなるべく超えないようにすべきだと「司法の自制」を強調しています(マイケル・ウォルツアー「政治的に考える」風行社)。

 

「革新的司法積極主義」とも評価された最高裁も、判決の影響の大きさを自覚しためか、平成23年ころから元の黙阿弥、「変革の嵐」は過ぎさり、最高裁は「保守化」の殻に引き籠るようになってしまいました。平成23年には患者の「期待権」は認めず(2月)、混合診療は保険適用外とする、企業の燃料費消費量「非公開」や安曇野市の3セク損失補償は適法である(いずれも10月)、平成24年にも老齢加算年金廃止は適法(2月)、首長の賠償責任を議会が帳消しにするのは適法(4月)など、最高裁が行政を擁護する姿勢が明確になって来ました。これは司法制度改革以前にも逆戻りし、あるいは以前にも増して「保守的な司法消極主義」になったと言えるでしょう。

 

3 「裁判員」裁判の帰趨

平成26年5月で施行から5年を経過した裁判員制度ですが、制度開始から1年経過した平成22年4月の最高裁の調査で、殺人・強姦などの罪では裁判員裁判の方が裁判官裁判より刑罰が重くなる傾向があることも明らかになりました。平成24年5月に公表された最高裁の調査結果では、性犯罪に対しては厳罰で臨む「市民感覚」が、裁判員裁判で如実に顕れたとしています。

 

平成26年3月末時点で6396人に裁判員裁判での判決がなされましたが、求刑を超える判決が1%、裁判官による場合の10倍になりました。平成26年7月には最高裁が、幼児を虐待して死亡させた両親に求刑の1.5倍の懲役15年言い渡した1審2審の判決は「量刑の公平を害する」として破棄し、父親を懲役10年、母親を懲役8年に軽減する判決を下しました。平成26年1月には全国60の地裁・支部が、求刑超えを放置しては裁判員裁判間で不公平が生じる、と検証に入りました。

 

また、裁判員裁判の平均審理期間は2009年が3.7日でしたが、2013年には8.1日と2倍以上になり、負担が増え続けています。特に死刑判決を迫られる場合や死体写真を見せられる事件では裁判員の負担は耐えがたいものとなっています。遺体イラストすら採用しない裁判がなされたように(平成26年11月)、死体写真で心身症や体の不調を訴える人が相次ぎました。

 

裁判員制度がもはや破綻してしまっていることは、平成27年2月に2件の死刑を破棄した判決の最高裁での確定や、同年2月の東京高裁の「三鷹女子高校生刺殺事件」の一審破棄判決によって、明らかになったと言えます。最高裁は一審では死刑として裁判員判決3件について、過去の量刑を重視し重すぎるとして死刑を破棄した高裁判決を支持しました。つまり、裁判所の量刑の基準に従えということです。一方、東京高裁の判決は、一審では本来起訴の対象とされず量刑の基準として考慮すべきでなかった被告人の「リベンジポルノ」で重罰を課したのは不当であるとして、裁判員判決を破棄し、差し戻しました。

 

平成26年3月には長野の3人殺害でも裁判員裁判の死刑判決が高裁で破棄され無期懲役とされました。平成27年2月には、この無期判決について被告人の上告が退けられました。検察側は無期懲役でも上告しなかったので、無期懲役刑が確定しました。また、仙台の強盗殺人でも裁判員判決は2度も破棄されることがありました。

 

素人が判断すれば情緒的になり、重罰化する危険があることは制度の当初から当然予想されたことです。「ペナルポピュリズム」という「大衆の意見に従って重罰を求める傾向」が強まる、ということはつとに指摘されていました。前記の最高裁の調査で、裁判員制度での判決では強姦などの性的犯罪については重罰化の危険があると指摘していますが、「市民感覚の反映」を判決量刑に求めるのであれば、当然受け入れるべき結果でしょう。

 

特に死刑判決を下した裁判員は相当なストレスのもとで決断したものです。そのような負託にこたえるのが市民としての義務だと信じてそれを引き受けたのです。これが「裁判所の慣例」を基準に否定されたのであれば、そもそも素人に量刑を決めさせたり、死刑判決を下すことを求めること自体、初めから間違っています。

 

4 国民の裁判利用は実現したのか。

では、司法制度改革によって国民は裁判制度による紛争解決を選択するようになったのか。これも答え否定的にならざるを得ません。

 

従来は、大企業は裁判を避ける、と言われてきました。確かに、大企業の一部には紛争解決に訴訟を利用する傾向が見られる面もあります。例えば、原発事故で中部電力や北陸電力が日立を訴えた例のように、彼らも近年では裁判による紛争解決を求めることが多くなっています。しかしそれは株主の力が大きくなった結果であって、「自立型法化」が進んだから裁判を利用するようになったのだ、とは評価できないでしょう。今日、内輪での協議で解決したのでは株主も納得しないので、大企業も裁判という公的で透明な手続きを選ぶほかなくなったのです。

 

保育費や学費などの滞納が大きな社会問題になっています。受信料滞納者の大量発生に対し、NHKは訴訟で対抗しようとしています。過去は年間100件ほどしかなかった訴訟(支払督促)を、年間1万件まで拡大しました。さらに、不払いには強制執行へも踏み切る姿勢を示しています。しかし、この解決は裁判で、というのは、言わば「官」の法化に過ぎません。

 

特許などの知的財産権をめぐっても、蚊取り器をめぐるフマキラー対アース、携帯電話の形をめぐるドコモ対ソフトバンクなど企業間の争いや、従業員に支払うべき発明料はいくらが妥当かについて争われた青色ダイオード、テプラ、レーザー印刷を巡る例がありますが、それはあまりに技術者が虐げられた結果です。しかも現在の特許法改正ではそういう声さえ封じようとしているのですから、法化の中心たる「権利主張」を圧殺する行為としかいいようがありません。

 

では一般国民の裁判利用はどうなったのでしょうか。

 

裁判で紛争が速く決着するようになれば裁判の利用者が増えるかといえば、実際はそう単純ではありません。平成2年に約20万件だった民事関係の訴訟件数(地方裁判所・簡易裁判所への申立て件数)は、平成19年には約66万件と増加し、ピーク時の平成21年には89万件になりました。この件数は、消費者金融への過払請求事件が数多く含まれたためで、過払請求が下火になった平成22年には約81万件と減少し、その後も平成23年約78万件、平成24年約56万、平成25年約48万と減少の一途をたどっています。

 

日本人が訴訟嫌いになった原因は、裁判に時間がかかりすぎることだという指摘がありましたが、司法制度改革で裁判期間が短縮されても、それによって裁判利用が促進されたとは言えません。

 

当初の司法制度改革案のような大幅な弁護士人口の増加は、日本ではもともと必要なかったのではないでしょうか。PL訴訟(製造物責任訴訟)を例に挙げると、アメリカでは年間10万件ものPL訴訟が発生しているのに対し、日本での件数は、ここ10年間でやっと70件程度です。

 

5 弁護士増員と規制緩和がともにストップ

司法制度改革による一番の負け組が「弁護士」でしょう。

 

司法制度改革が当初に掲げた予定では、司法試験合格者数を年間3千人にし、平成13年当時約2万人強の弁護士数を将来は5万人程度にする、というものでした。しかし、平成22年に計画見直しが決まって合格者数は年間2千人以下になりました。司法試験合格者の修習生採用者数も平成25年度には2千人を切りました。

 

日本の弁護士数を増やそうとしたのは、法化を進めるには諸外国と比べて弁護士数の割合が低い、というのが一番の理由です。1万人当たりの弁護士数は、アメリカの35人は別格としても、ドイツ・イギリスの16~19人、フランスの7人に比べて、日本は0.7人というのですから、確かに低いのです。しかし、子供のころから、常に自己主張をするよう育てられ、学校でもディベートで論争を学んでいるのが、欧米の国民です。彼らは、自分の言い分を通し自分の利益を守るために弁護士を雇うことは当然だ、と思っています。日本とは文化が異なります。

 

数だけで日本と欧米を比較して、弁護士を増やすべきだ、という議論には無理がありました。日本で弁護士を増やすなら、まずは欧米並みに、国民自身が自分の責任で自衛のために弁護士を雇おう、と考えるようになることが先決です。自己責任という考え方を定着させる筈だった規制緩和策そのものが放棄された以上、法曹人口増加策の見直しはやむをえないでしょう。

 

さらに注目すべきは、弁護士がつかない「本人訴訟」の増加です。平成21年には本人訴訟の割合が73%に達し、平成20年の59%と比較すると実に14%も増加しています。つまり、弁護士数の増加は、弁護士への依頼増加へと直接には結びついていないわけです。これは、費用などの面で、未だ弁護士の敷居が高いことも一因でしょうが、日本社会における国民の法化が、弁護士への依頼増、という形ではなく、直接裁判所に赴く行動となって表れたことの証左であると言えるのではないでしょうか。自ら弁護士を雇い訴訟を戦うのではなく、裁判所へ判断を委ねる。この事実も、お上に頼りがちな日本人の気質の根強さを物語っていると言えます。

 

司法へ国民がアクセスするために平成18年4月、法テラスが設置されました。これは、法律扶助や国選弁護士の選任、犯罪被害者救済など法による紛争解決に必要な情報の提供や司法過疎対策のため設置された公的法人です。平成21年現在地方事務所50ヶ所など全国93拠点に弁護士150名と職員900名が配置されていますが、平成21年2月の内閣府のアンケート調査でも、「全く知らない」という国民が75.5%もいます。少なくとも、司法制度改革が国民に定着したとは言い難いでしょう。

 

二 検察・警察の経済活動への介入と厳しい事後処分・摘発の拡大

1 企業活動への検察・警察の介入

構造改革の掲げる司法制度改革による法化は、司法自体を改善したとはいえないでしょうが、「法化」の掛け声で「管理型法化」どんどん進められ、日本社会に厳格な法の適用と厳罰化という変化をもたらしました。

 

事後チェック型の社会では、発生した事故や不祥事について、警察や検察が活発に対応します。また社会の出来事や企業活動に対して、法律違反がないか、それに対する処罰が可能か、をチェックします。チェックの範囲も、法律を厳格に適用しようという観点から、窃盗・殺人といった定型的な刑法犯の範囲だけでなく、今まで注目されなかった経済関係の法令や条例などの規制にも目が向けられます。これまで警察や検察が問題にしなかったことでも、新たに警察が逮捕したり、検察が起訴したりするといった事態も生じます。また、厳格な法律の適用は、厳罰を意味します。最近では摘発や処分によって、強制的に企業に法化を迫る動きが目立ちます。

 

松尾検事総長(当時)は事後チェック社会の法令順守を強調し、特に「安全」「労働」といった分野に関する案件では企業首脳陣の責任を問う、と宣言し、その言葉とおり、三菱自動車欠陥車問題では、平成16年に副社長を起訴しました(平成20年有罪)。

 

また、最高検察庁は、平成17年3月「経済問題研究会」を設置し、構造的なルール違反を摘発するとして、経済活動への規制に積極的に乗り出しました。そして平成18年には、ホリエモンこと堀江貴文と村上ファンド代表村上世彰を逮捕しました。このようにして検察は、経済界への監視を強化してきたのです。

 

平成21年6月には、平成19年9月施行の金商法の「偽計取引」罪を初めて適用して、投資コンサルタントが東京地検に逮捕されました。その後も、ジャスダック上場企業が買収を偽装した「偽計」の罪に問われ、その役員が逮捕(平成24年3月)されるなどして、こうした摘発はもはや恒常化しています。さらにこれまでには見られなかった会社法違反容疑での逮捕(横浜地検平成21年5月)、強制執行を妨害した不動産社会社長の破産法違反での逮捕(東京地検平成23年9月)、衣料品製造会社の女性社長の民事再生法違反での逮捕(大阪地検平成23年10月)、早稲田OBらを株価操縦容疑で逮捕(東京地検平成21年9月)、ニイウイスコー社を粉飾決算で逮捕(横浜地検平成22年2月)など経済犯摘発に検察が積極的に取り組んでいます。

 

経済活動や国民的価値観にまで検察が積極的に関与することについては、選挙による国民の洗礼を受けていない検事にそこまでの主導権を与えていいのか、という批判がありました。特に逮捕権・起訴権を持つ検察の威力は絶大ですから、その権限の拡大には慎重になるべきだという意見は当然でしょう。

 

2 法化社会の象徴、談合絶滅と告発社会

アメリカから、日本の不透明な決定方式の典型である、とされたのが「談合」です。独禁法(独占禁止法)は、自由競争の公正さを守るため、そうした談合やカルテル(価格協定)、不正な取引を禁止する法律です。ですから、それを担当する公取委(公正取引委員会)は、法化を象徴する機関だ、ともいえるでしょう。独禁法での摘発については、日米構造協議での米国からの強い要請があり、吉永祐介東京地検検事正(1988.12~1991.3在職)は、1991年1月特捜部長に就任した五十嵐紀男検事に、公取委の独禁法告発案件に力を入れるように指示し、そこから検察が積極姿勢に転換した、とされます。

 

談合・カルテルは、平成13年に公取委と検察が告発問題協議会を設置し、同年の食品包装用ラップのカルテル事件以降、摘発が活発になりました。平成14年小泉内閣時に就任した竹島公取委委員長は、平成16年6月に就任した松尾検事総長とタッグをくみ、平成17年5月の橋梁談合摘発などを積極的に進めましたが、それでもそうした摘発はまだ「一罰百戒」的なものでした。

 

平成18年1月に施行された独禁法改正で「リーニエンシー」(自主申告減免制度)と「犯則調査権」(調査に応じない相手に対し刑罰を課すことのできる強制的な権限)が導入され、公取委の権限が強化されました。それを受けて、平成18年1月からは、防衛施設庁談合(平成18年3月)、汚泥施設談合(平成18年5月)と大きな摘発が続き、同年10月からの福島県知事・和歌山県知事・宮崎県知事への「官製談合」摘発からは、その方法も「一斉摘発」に転換しました。以後も、名古屋地下鉄談合(平成19年1月)、林道談合(平成19年4月)、北海道開発局談合(平成20年5月)など徹底的な談合摘発がなされ、塩化ビニール管価格カルテル(平成19年7月)などのカルテルも続々と摘発されるようになりました。犯則調査権による強制調査は、その後も平成25年9月の北陸新幹線融雪設備工事談合事件で7例目、平成27年1月の東日本大震災の舗装復旧工事談合で8例目、と活用されています。

 

「リーニエンシー」は、アメリカの司法取引にならった制度で、談合・カルテルを行った当の企業自身が、最初に公取委に申し出れば、検察庁への刑事告発を免れることができるというものです。また、課徴金(談合・カルテルによる不当な利益を徴収される制度)も100%免除されます。以降、2番目の申告企業は課徴金が50%、3番目は30%が免除されます。「談合をした企業が、同じ立場である身内の企業を裏切る」というリーニエンシー制度は、日本では定着しないのでは、と言われていました。しかし、実際は、年間百件程度の自主申告が公取委になされるようになり、公取委の権力は増す一方です。平成21年の独禁法改正では、さらに課徴金の対象が拡大され、申告による減免は5番目の申告まで拡大されました。

 

また、東京高裁が、橋梁談合で過去最高の2社に6憶円以上の高額な罰金を下す(平成18年11月)、防衛施設庁談合に際しては元審議官に実刑判決を下すなど、裁判所も談合の当事者に対して厳罰を科しており、現在ではもはや談合は撲滅されたと言っていいでしょう。

 

しかし、こうした内部告発を奨励する制度は、特に、建設業界の内部にあった結束をバラバラにしました。地方自治体でなされていた談合には、儲けの薄い公共工事を調整して受注する受け皿を用意する働きもありました。内部告発を奨励するのであれば、公共工事の受注者を確保する方策を別に考える必要があるでしょう。

 

3 警察による経済活動の規制

検察の経済界への介入と同様、警察が国民の経済活動へ積極的に関与しようとするのも、事後規制による法化を進める動きだと言えるでしょう。

 

派遣法(労働者派遣業法)違反の初摘発(平成19年10月)、偽装結婚でのフィリピン女性の労働強制に職安法(職業安定法)を適用しての初摘発(同年11月)、一部弁済を民事再生法違反での異例の摘発(平成22年2月)がされ、最近でも、商品の送りつけを詐欺で全国初の逮捕(平成25年10月)、売上をごまかしたと破産法違反で逮捕(25年11月)など、警察のこうした動きには経済関係の法律を駆使した摘発が目立ちます。

 

さらに金商法の制定や特商法が改正された平成19年以降の「事前規制」強化によって、摘発の範囲はますます拡大しました。これは後の第3章で詳しく述べます。

 

食品偽装問題では、平成21年の逮捕が前年から倍増して34件107人、統計を取り始めた平成14年以降最高となりました。不正競争防止法違反の送検数(警察が検察庁に送った摘発件数)は、平成14年に前年の25件から一挙に51件に、平成15年には85件に、とさらに激増しました。平成16年以後の送検数は50件前後で推移していますが、平成13年以前と比べれば大幅に増えています。

 

また、特商法(特定商品取引法)違反での逮捕も増加しています。白アリ業者(平成21年7月)や高額な電気治療器具販売(平成21年6月)などのように、この法律違反による検挙数は、平成17年の年間124件から、平成21年は半期でも98名と増加し、これは平成20年同期と比べても6割増となっています。24年2月には、読売新聞販売店代表らが特商法の書面不交付で逮捕される事態も生じています。

 

このように近年、経済取引を規制した法律を駆使した警察のチェックが加速度的に目立ち始めています。これは、検察だけでなく警察もまた、事後規制を用いて、経済取引の法化を進めようとしていることの表れでしょう。

4 警察の摘発の拡大 法化社会と犯罪の変質

殺人事件数は1954年の3081件からずっと下降を続け、平成25年には戦後最少の938件まで減少しました。刑法犯自体も平成14年をピークに年々減少し、人が被害者となった刑法犯の被害者数も財産犯の件数も、平成15年から毎年減少しています。平成25年の刑法犯の認知件数は200万件を下回り32年ぶりの低水準となりました。

 

しかし暴行の件数は、平成12年に約1万5千件に急上昇しています。平成11年までは1万件未満でしたが、平成13年以後も増加して、平成18年以降は3万件を越え、以後は3万件前後で推移しています。また平成14、5年は4割弱だった暴行の検挙率も上昇しており、平成20年以降は暴行犯の約7割が逮捕されています。逮捕者数も平成18年からは2万人を超えています。

 

警察による前例のない摘発は経済界以外でも進み、法律適用の範囲が広がっています。よび鈴を押して逃げる「ピンポンダッシュ」を条例違反初適用で書類送検(京都府警・平成19年2月)、耳かきエステを風営法違反で初の摘発(平成19年6月)、違法DVD販売業者に店舗を貸したとして不動産業者をわいせつ罪のほう助で全国初立件(平成22年2月)偽造納品書で登録商標の審判をしたとして商標法違反で全国初の摘発(平成22年10月)など、警察の法律を適用する範囲を広げようとする姿勢はあきらかです。中学生の喧嘩に20年ぶりに「決闘罪」が適用(平成19年11月)されたというのも処罰が拡大する傾向の表れと言えるでしょう。警察庁は平成22年4月、軽い犯罪も許さない、万引きや落書きなども厳しく取り締まるという方針を全国に通達しましたが、今後さらに処罰の範囲が広がることが予想されます。

 

5 周辺摘発への拡大

法化によって厳重に取り締まる、という傾向は警察の守備範囲を拡大し、犯罪そのものを抑止するために、それを助長する周辺を摘発しようという活発な動きにあらわれます。例えば平成24年11月には振り込め詐欺に利用させたとして全国初の私書箱業者に摘発がされました。

 

その摘発は一流企業でも矛先が鈍ることはありません。むしろ、みせしめ的な効果を狙っているとも評価されます。

 

例えば、盗品摘発の動きは一層拡大し、警視庁が、万引きした盗品の買い取りの疑いで、レンタル店400店への一斉立ち入り(平成24年2月)を行い、ゲオを古物営業法違反で書類送検(同年5月)、DVD買い取りで「エンターキング」を捜索(平成24年10月)など、処罰の対象は万引き行為だけでなく、万引きによる買い取りにまで及んでいます。平成23年11月には、違法風俗店広告の風営法違反でほう助で日刊現代が捜索されました。

 

廃棄物処理の処罰も拡大し、平成25年4月には全国で初めて無償回収業者が岐阜県警に逮捕されました。違法な産廃処理を行う業者を駆逐するために、委託した企業をも摘発します。22年12月東洋ゴム本社捜索、23年7月には積水正ハウス支店捜索がされ、平成25年2月には無許可業者に廃棄物処理を委託したとして「木下ホールディング」の役員らが起訴されました。

 

また、ちょっとしたことで、個人が処罰される危険性が高まっています。マンションへの政治ビラ配りが住居侵入になる(最高裁平成20年3月ほか)、公衆便所の落書きが建造物損壊になる(最高裁平成18年1月)などの判例がそうです。高裁でやっと無罪(大阪高裁平成21年5月)になりましたが、マンションの騒音問題で上階の部屋に文句を言うために立ち入ったところ、住居侵入で起訴されたこともありました。

 

犯罪者でなければ警察のお世話にはならない、という従来のような概念はもう通じません。自転車の運転でも、危険運転として摘発される例は、平成20年には前年の五割増となりました。交通違反金を支払わない場合に、差押が行われる件数が平成20年は約1万件というのですから、警察の法律適用は明らかに拡大しているといえます。また、平成23年12月には、宮城県警が全国で初めて、駐車違反車両のネット公売を実施しました。違反摘発は、徹底化する一方です。

 

三 行政庁の事後処分の強化と重罰化と追随するマスコミ

1 金融「処分」庁の登場

法化の進行に合わせて、金融庁と経産省でも「企業社会」からの脱皮を迫る動きが活発になってきています。企業行動に対して、事後チェックによる業務停止などの厳しい行政処分を用いて監督するケースが増えています。

 

平成15年度・16年度の金融庁の業務停止などの行政処分の件数は年間100件前後でしたが、平成17年度には253件と倍以上になり、金融庁は金融「処分」庁になってしまった、と恐れられました。その後、平成18年度129件、平成19年度80件とその件数は一時的に減少していますが、平成20年は87件平成21年度104件で再び増加へ転じました。武富士へ出された「初」の貸金業者への業務改善命令(平成20年5月)や、BNPバリバ証券に「違法行為を侵していなくても」出された業務改善命令(平成20年11月)などの厳しい処分の実施を受けていて、新たな処分増加が危惧されています。もっとも、平成22年の行政処分は70件に減少し、平成23年も震災の影響で処分件数は少なくなりましたが、平成22年9月に破綻に追い込まれた日本振興銀行やシステム障害でのみずほ銀行への平成23年5月の業務改善命令にみられるような金融庁の厳しい対応は変わっておらず、金融機関としては気が抜けません。また平成22年には金融機関のシステムなどの外部委託先や保険代理店へも、金融庁が直接検査を行う方針が打ち出され、監督が一層強化されました。

 

金商法は、投資業者への事前登録を求める典型的な事前規制強化立法ですが、無登録での営業という手続き違反を警察が摘発しているのは先に見た通りです。金融庁はそうした事前規制に加え、この法律を適用し、ファンド業者の登録取り消し(平成21年10月)、FX(外国為替取引)業者への業務停止(平成21年10月)、宝探しファンドへの業務停止(平成22年2月)などの行政処分(金商法関連は処分全体の約半数にも及びます)によって、事後規制をも強化しました。少人数を対象とする投資運用業への監督強化や、無登録業者の未公開株売買を無効とする法案の準備なども進めています。

 

さらに金融庁は、金融機関を検査する際の指針である「金融検査マニュアル」を平成19年2月に改訂し、「顧客保護管理態勢」という新しい検査項目が登場しました。今後は消費者保護という大義名分での更なる厳しい処分も予想されます。さらに大きな問題は、景気失速を理由に、金融庁が一方的に金融機関に返済猶予を求め、金融庁自ら「法的安定性」を放棄し、その受け入れを強要しながら、他方で厳しい法令遵守を求めていることです。

 

2 経産省の変身

経産省は、平成16年ころから、厳しい事後規制型の官庁に変身しました。平成14年~平成15年度までは、経産省による特商法(特定商品取引法)等による業務停止は年間2社程度でした。経産省は、英会話学校NOVAの割高精算が問題になった平成14年当時、「合理的でないとはいえない」として、NOVA側を擁護しました。割高精算とは、例えば前払いで10回分の語学レッスンのチケットを購入した受講者が、4回受講し後の6回分をキャンセルする場合、4回分の低い割引率に引き直して計算して控除する、というものです。当然戻ってくるお金は支払った金額の10分の6より少なくなります。最高裁(平成19年4月)は、この割高精算は消費者契約法に違反する、と判断しました。先の経産省によるNOVA擁護は、受講者の被害を拡大した、と非難されました。

 

「業界寄り」だとの批判をうけた経産省は、特商法等違反の行政処分を平成16年に45件、平成18年には都道府県と含め84件と大幅に増やしました。その後も、平成19年に「資格商法」(資格を取るためとして高額な教材を販売する)の業者27社を一斉に業務停止とする180件の、平成20年には会員80万人という過去最大のマルチ業者への業務停止や、ミシン訪問販売で「初」の業務停止、あるいは、宗教法人への「初」の業務停止など、インパクトのある厳しい処分など141件を立て続けに行っています。平成21年も処分件数は138件になりました。また、経産省は消安法(消費者生活用製品安全法)改正でも消費者保護を鮮明に打ち出しています。

 

その後、平成21年9月からは特商法は消費者庁管轄になりましたが、平成22年の処分数は実に186件に達しました。(平成23年度は125件)

 

3 恥の文化 公表という処罰、マスコミのメディアスクラム

「恥」の文化を持つ日本社会では、犯罪者として名前が公表されるのはとても不名誉なことですから、企業は行政から企業名を公表されただけで不利益を被ります。さらに、その公表に追い打ちをかけるのがマスコミの「メディア・スクラム」です。現代の情報社会では、社名公表がマスコミからのバッシングを招き、さらに批難が社会全体に広がれば企業は社会的生命を絶たれかねません。

 

つまり、行政は企業に対し業務停止という厳しい行政処分をするまでもなく、企業名を公表しさえすれば処罰したのと同じ効果を得られるのです。「障害者の雇用の促進等に関する法律」や、「神奈川県個人情報保護条例」などは、行政の勧告に従わない企業名や個人名を公表できる、と定めています。この公表制度は、中世(鎌倉・室町期)の神社やお寺の、違反者の「名字を籠(こ)める」という制裁にならったものとされます。神社やお寺では、年貢を納めない、寺に乱入したなどの違反者の名字を書いた紙を、呪詛調伏して焼くためにお堂にとじこめ(籠める)ます。すると違反者はどんなことしても詫びをいれて、自分の名字を取り戻さなくてはいません。恥の文化を持つ日本では、名前の公表が不名誉なこととして処罰を受けたのと同じ効果を発揮するのです。平成23年10月で出そろった全国での暴力団排除条例でも、暴力団に関係した企業名を公表することが規制の実効性をあげる、とされています。

 

このようにお役所は、法化によって厳しい態度を鮮明にし、権威主義が浸透している日本では企業も個人も、従順に法化へと追い込まれています。役所による消費者保護が行き過ぎて業務停止などの厳しい処分を受けた企業は、場合によっては倒産してしまうことにもなりかねません。個人も、法律の厳格な適用に伴う厳罰化で、従来なかったような逮捕や起訴の危険にさらされています。

 

また、日本のマスコミには「メディア・スクラム」という、全メディアが被疑者を一斉に叩く特徴があります。マスコミが法化を礼讃すれば、権威主義的な「お上」の法化によって委縮した企業や市民は、さらに抑圧されかねません。

 

四 官民格差の拡大

1 法化社会での無防備な個人

「法化」が進行すれば、アメリカのように企業は勿論、個人も弁護士を用意して自分で法化対応をしなければなりません。司法制度改革が法曹人口の増加によって目指したのがそういう社会でしたが、前に述べた通りその計画は頓挫しました。日本社会では厳罰化と規制強化が進行し、お上の温情的な措置は期待できなくなりました。弁護士が身近な存在でない日本では、個々人で法化に対応するのは簡単ではなく、自転車の飲酒運転やネット上での誹謗・中傷によって思いがけず逮捕をされる、消費者保護・労働者保護の法律を知らないために不利益を被っても気づかない、個人情報保護の規制に対して過剰に委縮するという具合に、法化の進行に乗り遅れ振り回される個人が続出するのではないでしょうか。

 

法の不知は許さず。これは「処罰をする法律の存在を知らなくても許されない。」という刑罰の原則を表わしています。以前の日本なら、いかめしい刑罰の条文があったとしてもそれは一応の建前に過ぎず、お上の温情的な措置で甘えが許されていました。しかし法化した日本ではお上が従来のような柔軟な対応をせず、条文通りの刑罰が適用されるようになってきています。

 

日経新聞のアンケート(平成20年12月)によると「自転車」の飲酒運転にも罰則があること(5年以下の懲役または100万円以下の罰金)を知らない人が1030人中136人(14%)もいます。警察が軽い罪をも許さない、として厳罰化が進んでいる今の社会では、普通の市民でも思いがけずいつ逮捕されるか分かりません。逮捕されてから「あっ!」と驚いても後の祭りです。実際に、危険自転車運転の摘発がさかんに進められていて、平成20年には送検数が1211件となり(前年比49%増)急増しています。平成23年11月にはブレーキのない競技用自転車「ピスト」で公道を走った人が大阪で逮捕され、全国初の罰金刑が科されています。また、決闘を挑んだだけで処罰される(6月以上2年以下の重禁錮)ことを知らない人は1030名中644人62%もいますが、つい最近でも喧嘩をした中学生が決闘罪で補導されたようにこの刑罰も適用されているのです。

 

警察や検察が摘発する範囲を拡大し、さらに前述したインサイダーの事例のように監視が進められ告発が奨励されている社会となっています。誰もが気付かないまま犯した罪を発見され、想定しなかった処罰を受けるという「法の不知」の危険性が国民の身近に迫っているのですが、その自覚すらないことが、さらに危険性をさらに高めています。

 

2 権利行使から遠ざかる市民

法化社会のまっ只中で、権利を行使しないことの不利益を自分自身が実感していないのは、まさに自立を放棄したことの裏返しに他なりません。NHK放送文化研究所による平成20年の調査では、「思っていることを世間に発表する」という「表現の自由」について知っている人は3人に1人、「労働者が組合を作る」という「団結権」については5人に1人しか知りません。しかも、この憲法上の権利である「表現の自由」や「団結権」を知っている人の割合は1973年から2008年(平成20年)までの35年間で約15%も減少しているのです。この35年間に国民が権利を意識する機会が減っているという証拠でしょう。この傾向は同研究所の平成25年の調査によっても裏付けられています。逆に「納税の義務」を権利と誤解している人が1973年から2013年(平成25年)までの間に34%から47%と逆に順次上昇してきています。権利で75%以上の高い認知度があるのは「生存権」だけで、自由についての権利の認知度は減り、納税義務の認知度が増える、こういう状態は不気味なことではないでしょうか。

 

法化が進行している社会にも関わらず、国民の権利意識はむしろ低くなっています。これは国全体のありかたとしてとても危険なことではないでしょうか。「憲法改正手続き国民投票法」が平成22年5月から施行されましたが、この法律を知らない人の割合が国民の76%にも達しています。「犯罪被害者支援制度」を知っている人は国民の1割しかいません。労働者には例えば深夜労働や妊娠女性に対する労働保護の規定があり、消費者保護の法律には「クーリングオフ」がありますが、この規定を知らねば権利を行使することすら思い浮かばないでしょう。

 

日本人は不満があればお役所へ駆けつけて「なんとか解決してほしい」と訴えればいいと考えています。この「不満ならお上へ」という行動パターンから脱却しなくては、国民の自立は到底覚束きません。権利を定めた法律に関心を持つことがまず自立への第一歩になります。

 

3 法化社会と官民格差

法化は、法律を適用する範囲の拡大と厳格な法律の運用を求めます。行政の場面では、専門家たる官僚の力を増大させます。

 

今の日本をふくめ世界中の殆どの国は法治国家であり、合法的支配が政府の正当性を裏付ける根拠となっています。マックス・ウェーバーは、支配の正当性を基礎づける類型には合法的支配・伝統的支配・カリスマ的支配の3つがあるとし、合法的支配の純粋な型は「官僚制」だと説明しています。合法的支配は法律に従った行政が基本となりますから、法律の知識と運用に経験のある、専門家としての官僚が不可欠です。

 

特に日本のようにもともとお上の力が強い権威主義の国では、法化が進むと、法律運用における力の差が拡大し、その格差が国民や企業の社会活動・経済活動の全般に広がります。まして、日本では立法段階でも官僚が深く関与しますから、法律運用は官僚の独壇場になります。KDDIがJ―COM株を取得しようとして金融庁から金商法違反だと指摘されて中止した例(平成22年2月)に見られるように、民間企業はたとえ大企業であっても、法律違反ではなくてもお役所から「法の趣旨に反する」との解釈を突き付けられ、方針の変更を余儀なくされる事態が頻発します。法化は、官僚の法律運用に対し民間が太刀打ちできない、そういう官民格差をますます拡大させます。法化がすすむと、法律を運用する行政の場面で、法律の専門家として法の解釈や運用にかかわる官僚の役割がそれ以前にも増して大きくなります。

 

また、日本では従来、立法も官僚主導でしたから、法化はその立法の面でも官僚の主導権を強化することになります。アメリカでは私益を代表するロビイストたちが猛烈に議員に働きかけて法律を成立させようと盛んに活動します。こういう民間での立法活動や「法の知」は日本では十分育たず、それが法化を歪ませる原因の一つとなりました。

 

4 うっかりインサイダー

「うっかりインサイダー」も、官民の間に広がる法化格差の典型例です。平成19年3月と5月にいずれも大手企業が行った自社株式の買取りが問題になりました。金融庁は、両社はどちらも重要事項を公表する前に買取りを行っており、それが証取法(現金商法)のインサイダー規制に違反するとして、それぞれから高額な課徴金を徴収しました。

 

両社は、公表前の事項が重要事実かどうか、重要事項はいつ決定したのか、その解釈が誤っており違法な取引をしたのだ、とされ、これは、意図的な違反行為ではなかったので「うっかりインサイダー」と評されました。損失処理が出ない休眠中の欧州子会社を解散するという方針も重要事項であるというのですが、それは金融庁の解釈にすぎません。しかし、二社は「認識不足だ」と押し切られてしまいました。

 

しかも何が重要事項に該当するかについては、その後の平成20年12月に内閣府令が改正され、業績に影響がない子会社の解散は重要事項ではない、と規定されたのです。つまり、改正後は同じことを行ってもインサイダー違反とは扱われないことになります。お役所のさじ加減一つで、課徴金が課されるかどうか、その基準が上下する、というのですから、日本は法治国家ではなく「官」治国家といわざるを得ないでしょう。

 

5 ルールなき行政処分

派遣法は1986年の制定以来、規制緩和策による労働の自由化を進め、平成16年には製造業への派遣も解禁しました。しかし、平成18年ころから派遣法が格差社会の元凶だと批難されるようになると、労働の規制緩和・流動化や労働市場の多様性を求める声はしぼんできます。労働政策は次第に、規制強化・雇用の安定へと目指す方向を変えていきました。そして、労使の協議がなかなか整わなかった派遣法改正ですが、平成24年にやっと一部ながら法律上の規制強化が実現しましたが、製造業への派遣禁止など根本的問題は見送られました。

 

厚労省が大手の人材派遣会社に対して行った厳しい行政処分は、この法律改正を先取りしたものといえます。グッドウィルグループは、平成19年7月に職安法違反で厚労省の調査と警察の家宅捜索まで受け、平成21年3月には製造業の派遣から撤退しました。フルキャストは、平成19年8月に300以上の全支店に事業停止、という前例のない重い処分を受け、「これでは日本はルールなき事後規制社会だ」と主張して反発しましたが、平成20年10月に2度目の業務停止命令を受け、結局、日雇い派遣から撤退しました。こうした一連の動きは、規制強化への政策転換を、行政処分で実現した例といえるでしょう。

 

厚労省は、平成22年2月に「26業務疑義応答集」を公表し「事務機器操作業務」と「ファイリング業務」への派遣規制を強化する解釈を突然打ち出しました。この解釈については元厚労省の木村氏が、法律どころか政令すら無視する「違法」なものだ、という厳しい指摘をしていますが(木村大樹「派遣と請負に関する行政指導と企業の対応」経営書院)、厚労省はこの解釈を盾に平成22年3月、専門職を装った長期派遣として人材派遣業協会理事長と副理事長らの経営する大手3社に業務改善命令を出しました。厚労省が、派遣業への規制強化という政策を実現するために、処分連発という強権的な手法を取っていることが分かります。 その派遣法も平成26年に再度改正されることになりました。

 

6 拡大する官民格差

「消費者寄り」という中央官庁の立場をアピールするため、地方自治体が地元業者へ行ってきた指導を否定し、厳しい処分を出す例も見られます。

 

三重県伊勢市の「赤福」は、農水省から「製造日の改ざん」でJAS(日本農林規格)法違反だとして、平成19年11月に廃棄や製造中止に追い込まれました。赤福は、出荷前に製品を冷凍して解凍日を製造日と表示し、三重県当局もずっとこれを是認していました。三重県の関係当局は、解凍日を製造日と表示しても違法ではないし、それを製造日の改ざんだというのは農水省の勝手な解釈だ、と反発しています。農水省の処分は、消費者保護主義を謳った人気取りのために、十分な理由もないのに従来の自治体の指導を安易に否定したもので、厳しすぎる、と評されても仕方がないでしょう。

 

法化によってお役所の、厳しい処分による規制を伴う行政はますます推し進められ、その勢いが衰える気配はありません。処分の基準が明確でないうえに、その基準の変更もお役所自身が行うのです。国会が法律を変えなくても、お役所は処分を出す基準を変えさえすれば、新たな行政処分を出して、大幅な政策変更を実現できます。法化の進行で、企業や市民の予想を超える処分がお役所の考え一つで出される危険が増え、官民格差が拡大しています。特に、法的知識もないまま放置された中小企業や個人にとっては、官民格差は著しく大きくなるといえます。

 

また、民間同士の格差「民民格差」も生じます。民間では、談合の禁止によって、業界内での協議自体が法律に反するとして避けられるようになりました。その影響で、業界内部で情報を共有したり、関係官庁へ統一的な対応を取ることができなくなりました。民間同士でも、法律情報や法律知識の有無による「法化格差」が生じることになったのです。社会の法化が進めば、この法化格差は、大企業と中小企業の間でも、そして、市民間相互でも、ますます拡大していくでしょう。

 

2015/06/18(木) カテゴリー:論考

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