麹町道草日和
ちょっと一息。みらい法律事務所の所属弁護士によるコラムです。

陳述書の戦略は「今昔物語」に学べ

新聞の読書欄でゴールデンウィークのお勧め本として、「面白い話が満載」と「今昔物語」が紹介されていました。
そういえばと思い出し、自宅の本棚にあった福永武彦さん訳の「今昔物語」(ちくま文庫)を引っ張り出しました。なるほど面白い。
その時、これは弁護士が「陳述書」を書くための「ナラティブの戦略」に役立つ、と気付いたのです。

裁判で勝つには、弁護士が法律上の「主張」の骨格をしっかり作ることは必須ですが、その主張を裏付ける「証拠」となる依頼者本人や証人の「証言」や「陳述書」も欠かせません。
「陳述書」は、弁護士が依頼者や証人から事情を聴いてそれを書面にまとめたものですが、その出来不出来は「証言」と並んで裁判の行方を左右します。
「陳述書」は、こちら側の言い分がもっともだ、と裁判官を納得させないといけません。

そのため「ナラティブ(物語)」の戦略が役に立ちそうです。
「ナラティブ」とはもともと、物語文学を指していました。それがもっと広く「ストーリー」という意味で使われ、「ナラティブ」がビジネス戦略として登場しました。
人間のコミュニケーションにとってストーリーが重要な役割を演じます。
説得力あるストーリーは、ビジネスで有利な広報となります。
例をあげます。
アメリカ市場で中型バイクの競争に苦労していたホンダが、スタッフの使っていた「スーパーカブ」に問い合わせが寄せられるようになったことに気付いた。
ホンダはその予期せぬ機会を逃さず、中型バイクの代わりにスーパーカブを販売して成功した。
それはホンダが組織の能力を発揮し機敏に対応したからだ、というストーリーです。
ホンダのビジネスは、この「ナラティブ」によって、アメリカで好意的な高い評価を得ました。(以上、ローレン・フリードマン「戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス、上・下」日本経済新聞出版社より)。

このような、味方に都合のいい「よくできた物語」を伝えることができれば(ホンダのストーリーは出来過ぎ、でしたが)、ビジネスの場面で、周囲の評価を自分たちに有利に変えることができます。
アメリカでは、弁護士が陪審員を説得するために「よくできた物語」を練り上げ、それを伝える戦略をとるのです。

弁護士の「陳述書」でも「ナラティブの戦略」を活用して「よくできた物語」に仕上げることができれば、依頼者の言い分は説得力を増すはずです。
「優れたナラティブ」、つまり「よくできた物語」には「真実味」と「必然性」の両方が備わっている、とフリードマンは指摘します。そして、ストーリーは「一貫性を持った出来事の組み立て」になっていないといけない、というアリストテレスの「詩学」(光文社古典新作文庫)を引用します。
ポイントはストーリーを「つなげる力」です。
「詩学」は「ストーリー創作の原点」と言われ、「編集思考 異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す」(株式会社ニュースピック)の佐々木紀彦さんは、この「詩学」は世界最古のコンテンツ指南本だ、ストーリーが重要で、特に「つなげる力」の質を高めなくてはならない、と強調しています。
本人から聞いた話を自然な物語・ストーリーにするには「つなげる力」がなくてはなりません。それがないと陳述書の記述はゴツゴツして読みにくくなり、読む人を説得できません。
「つながりのいい」具体的なストーリーをたくさん読む、そして「つながり」を実感することが必要です。長編小説では「まとまり」が実感できるまでには時間がかかりすぎます。
ミステリーは読者を騙すための企みのあるストーリーですからナラティブの戦略のお手本には向きません。
「今昔物語」は、ナラティブ戦略の核心となる「よくできた物語」のお手本となる「戦略書」なのです。

「今は昔のこと」で始まり、「という話である」で終わる説話集「今昔物語」は、平安時代末期に、大寺の無名の書記僧が「こんな面白い話がある、ほかの人に知らせてあげたい」という気持ちで集めたものだそうです。
鷲にさらわれた子供が親と出会えた感動的な話や、下心を以て女性に近づく男性が痛い目にあうという滑稽な話など「よくできた物語」が盛り沢山です。
今昔物語では「策を弄する」のは悪人です。善良な人は褒められ、ずるい人はけなされます。
それと対照的なのが、古代ギリシャ詩人ホメロス(前8世紀)の叙事詩「オデッセイア」です。前述の「戦略の世界史」で登場する最も古い戦略書の一つですが、主人公オデッセウスは、敵を混乱させたり心理的に揺さぶったりと策を弄します。典型的な「戦略家」の物語です。
ではなぜ、戦略家と無縁な「今昔物語」が「戦略書」として役に立つかというと、「つながりがいい」物語を数多く提供してくれるからです。
奇怪な話や不思議な話もつながりのいい物語で、ストーリーに無理なオチやヒネリがなく、自然な結末に落ち着きます。
今昔物語は、ナラティブの戦略のポイント「つなげる力」を教えてくれるのです。
福永武彦さん訳の「今昔物語」は文章も読みやすく、説話集の面白さとともにストーリーの持つ「つながりの力」がよく伝わってきます。
また一つ一つの話は短く、簡単に読み終えることができるのも利点です。

余談ながら、今昔物語の面白さは水木しげるさんの傑作マンガ「今昔物語 上・下」(マンガ「日本の古典」シリーズ、中公文庫)でも堪能できます。
マンガですがお子様向けではないのでご注意のほどを。