「プチ・ブル」社会の誕生
「プチ・ブル」というのは「プチ・ブルジョア」(小市民)という意味ではなく「プチ・トラブル」(小さなトラブル)という意味です。
最近、ジコチュウ(自己中心主義)人間があふれ、企業でも市民生活でも理不尽なクレームや小さなトラブルに悩まされることが多くなってきました。
「ジコチュウは許してもらうほかないでしょう、だって、ジコチュウは治療不能ですもの」(Selfishness must always be forgiven you know, because there is no hope of a cure.)
これは、英国の作家ジェイン・オースティンの小説「マンスフィールド・パーク」(1814年)の、ジコチュウ女性ミス・クロフォードのセリフです。
ジコチュウは反省しません。
「反知性主義」のジコチュウ患者が今の日本では大増殖して、プチ・ブルだらけの社会になってきました。
橋本治さんは最近の著書(「知性の転覆 日本人がバカになってしまう構造」朝日新書)」で、日本人が、知性をなくし下品になり、「モラル」を捨ててしまったと嘆いています。
なぜそうなったのか?
「豊かな大衆社会では知性を必要としなくなった。モラルを内包した知性を捨てれば、モラルもなくなる。」というのが橋本さんの分析です。
このジコチュウ傾向が強まったのは平成24年ころからだと思います。
犯罪の件数はずっと減少し続けていますが、「暴行犯」は平成24年ころから3万件以上という高止まりし、「脅迫犯」も同じく平成24年ころに急に千件以上増え、そこから3千件台の数字でこちらも高止まりです。
殺人犯・強盗犯はもちろん、傷害犯や恐喝犯も減り続けているのと対照的です。
ジコチュウの人は、電車内で押したの、足が触ったなど、ちょっとしたことでカッとなって、つい手を出して刑事事件になることがありますが、それだけなく、不愉快なことがあると他人のせいにしてすぐ攻撃するので、トラブルになります。
日本は「恥の文化」と言われるように、世間体を気にして「恥ずかしいことをするな」というモラルがありました。
また、日本人は集団の一員として常に「協調しろ」と求められましたが、それは「他人と協力し合う」という働き方につながりました。
その結果、日本の経済活動は大きく発展したのです。
つまり集団のメンバーとして求められた「協働」や「協力」の精神が、「モラル」としても「知性」としても機能していた訳です。
しかし、そこそこ経済成長を達成した今の日本社会では、集団はかえって個人の自由を縛るものだとして否定され、協力し合うことも強く求められなくなりました。
「協働」「協力」の精神を捨ててしまい、同時に「知性」も「モラル」も失われたのです。
このジコチュウ傾向を強めたのが「スマホ」だと思います。
ジコチュウな人たちの特徴は「何でもすぐクレーム」を付けることです。
その結果、日本中が理不尽なクレームで溢れかえっています。
「プチ・ブル」社会では、いつ何時、どんな理不尽なクレームを突き付けられるか分かりません。
これには理性的な説得は効き目がないのです。
コモン・センスの著者として有名なトーマス・ペインも「理性を放棄した人と議論しようとするのは、死者に薬を与えるようなものだ」(Attempting to debate with a person who has abandoned reason is like giving medicine to the dead.)として、ジコチュウの説得はあきらめています。
プチ・ブル社会では、「プチ・ブル」を避けるために、ジコチュウ人間と接触しないような工夫が必要です。
それには「利他」の戦略が有効です。「利他」とは、あの稲盛和夫さんが強調する「他人を大事にせよ」という教えです。
稲盛さんの最近の著書(「考え方 人生仕事の結果が変わる」大和書房)を読むと、「利他」は単なる道徳論でもないし、自分を犠牲にしろということでもない。
仕事や事業で成功するためには、まず自分を「利他」の人にして、「利他」の人同士でつながりを作るべきだという戦略論です。
ジコチュウの人は自分の目の前だけを見て歩く「歩きスマホ」な生活態度の人です。
これに対し「利他」の人は、他人を思いやり周囲に気配りをしますから、背筋を伸ばして頭をあげて歩きます。
そうすると周囲への視界がよくなり、遠くまで見通せるようになります。
その結果「利他」の人は、ジコチュウと「利他」の人を見分けることができ、「利他」の人を選んで彼らとのつながりをつくれるのです。
利他の人同士でのつながることで、協力による本来の力が発揮できます。
それが「利他」の知恵であり、最大の効用です。
こういう利他の「知恵」のある人同士のつながりが「知性」となるのです。
これは橋本治さんの、「現代の知性は、自分のことだけ考えずに、みんなことも考えましょうということなる」という意見にピッタリ一致します。
「不機嫌な人」「派手な人」「下品な人」はジコチュウです。
トラブルを避けためには、そういう人には近づかないようにしましょう。
それでもトラブルに巻き込まれることはあります。そうなったら後は法律に任せましょう。
暴行犯・脅迫犯の最近のもう一つの特徴は「検挙率」の上昇です。10年前は半数程度の検挙率だった暴行犯は、ここ1、2年は8割近くが検挙され、脅迫犯の検挙率も7割から8割に上昇しています。つまり、法律が登場しないと処理できなくなっているのです。
周囲を見ず、周りの人の方がどいてくれるのが当然だと思っているのが「歩きスマホ」です。
だから「歩きスマホ」はジコチュウそのものです。
暴行・脅迫犯が急増した平成24年は、スマホ普及率も急増し約半数の人がスマホを持つようになった時期です。
そこからほぼ全員がスマホを持つような今日の状態に至りましたが、同時に「歩きスマホ」が広がって、ジコチュウ人間も増殖したという訳です。
海外では「歩きスマホ」の人を称して「スモンビ(スマホ+ゾンビ)」というそうです。
「ゾンビ」にならないように。ご用心、ご用心。