麹町道草日和
ちょっと一息。みらい法律事務所の所属弁護士によるコラムです。

「フォア・アザーズ」と「非認知的能力」

法律知識が豊富で、事件の分析や記録の読み込みが深く、あるいは法律構成が巧みであれば、「認知的能力」は優れていると言えますが、それだけでは優秀な弁護士だとは言えません。「その問題、経済学で解決できます」(ウリ・ニーズィー&ジョン・A・リスト東洋経済新報社)は、経済学を活用した実施実験をしようという面白いレポートですが、社会活動では「認知的能力」だけでなく、辛抱強さ、周囲と調和して他の人と一緒に働けるという「非認知的能力」が重要だ、と指摘しています。弁護士は人間相手ですから、特にこの「非認知的能力」は業務をするには不可欠だと言えます。

そこで思い出したのが、鹿児島県立鶴丸高校時代に当時の栗川校長から教わった「フォア・アザーズ」(他人のために)という教えです。

一昨年、この高校の創立記念日の講演を頼まれたので、西郷さんの話をしました。鹿児島で西郷隆盛の話をするのは月並みだと思うでしょうが、そのころに出た著書「日本近代史」(ちくま新書)と「西郷隆盛と明治維新」(講談社現代新書)で、著者の坂野潤治先生は、幕末・明治維新の動乱のなかで、私利私欲を捨てた西郷隆盛だけが常に中心にいて主導権を取れたと大絶賛しているのを読んで、その話を紹介したいと思ったからです。

西郷さんの「国家の大事のためには、金も名誉も地位も命すらいらない」と言葉は有名ですが、この覚悟があったからこそ、遠くを見通せたんだ、高い志は人を賢明にするんだ、ということを高校生たちに伝えたかったのです。もちろん、私たちはここまでの覚悟はできませんが、「フォア・アザーズ」という気持ちだけでも、目先の自分の利益からふっと眼を上げて、周囲を見た渡す余裕を与えてくれます。そしてその余裕が私たちを賢くしてくれると思います。

西郷さんの志の高さを、道徳的な説教としてではなく、能力の涵養の話としてしたかったのですが、この「フォア・アザーズ」という教えこそ「非認知的能力」を育てるものだったんだと合点がいった次第です。