消費者契約法上の問題 総論
消費者が事業者から商品の購入等をする際に、相手側からだまされたり、畏怖させられたりして不本意ながら契約の締結をしたというトラブルが発生した場合には、従来は民法の詐欺や強迫を理由とする契約の取消しを主張することにより被害を回復を目指してきました。
しかし、民法の詐欺や強迫を主張するには、消費者の側で事業者側の詐欺や強迫の故意を立証する必要があり、立証が困難という問題点がありました。
現代社会において、上記のようなトラブルが増加している状況を踏まえ、消費者契約法は、事業者と個人である消費者との情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑みて、事業者の不適切な勧誘行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合には、消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができると規定しています。
また、消費者契約法は、現在の消費者契約で用いられる契約書や約款の大半が事業者の作成したものであることに鑑みて、消費者が一方的に不利益となる条項について、民法の公序良俗(民法90条)に反しない場合であっても、契約条項が無効となる場合を規定しています。
したがって、事業者としては、どのような場合に契約が取り消されたり、契約条項が無効となるのかについて理解し、未然にトラブルを防ぐ必要があります。
消費者契約法とは
まず、消費者契約法の適用のある契約を確認しましょう。
消費者契約法とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいいます(消費者契約法第2条第3項)。
そして、消費者とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)を意味し(同条第1項)、事業者とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人を意味します(同条第2項)。
つまり、法人が事業者ではない個人と契約する場合には、そのほとんどが消費者契約法の適用を受けることとなります。
契約が取り消される場合とは
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不実告知による契約の取消し(同法第4条第1項第1号)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、事業者が消費者に対し契約の重要事項について事実と異なることを告げたことにより、告げられた内容が事実であると誤認して契約の申込みや承諾をした場合は、契約を取り消すことができます。この場合、消費者が、事業者の従業員等から事実と異なることを告げられたこととそれにより誤認したことを立証した場合には、事業者側の詐欺の意思等の主観面を立証しなくても契約が取り消されることになります。
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断定的判断の提供による契約の取消し(同法第4条第1項第2号)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、事業者が消費者に対し物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額や、将来において当該消費者が受け取るべき金額等の将来における変動が不確実な事項について断定的判断を提供したことにより、提供された断定的判断の内容が確実であると誤認して契約の申込みや承諾をした場合は、契約を取り消すことができます。この場合、消費者が、事業者から断定的判断を受けたこととそれにより誤認したことを立証した場合には、事業者側の詐欺の意思等の主観面を立証しなくても、契約が取り消されることになります。
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不利益事実の不告知による取消し(同法第4条第2項)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項等について消費者の利益になる旨を告げ、一方で、当該重要事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったことにより、不利益となる事実が存在しないとの誤認をして契約の申込みや承諾をした場合は、契約を取り消すことができます。この場合、消費者側で不利益事実を告げなかったことが故意であることを立証する必要がありますが、この故意は詐欺の意図まで必要ないとされていますので、民法の規定と比較して取り消される範囲が広がったといえます。
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不退去による取消し(同法第4条第3項第1号)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、事業者に対し、消費者がその住居又は勤務場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないことにより困惑して契約の申込みや承諾をした場合は、契約を取り消すことができます。この場合、消費者が、退去を求めたことと事業者が住居等から退去しなかったことを立証した場合には、事業者側の強迫の意思等の主観面を立証しなくても、契約が取り消されることになります。
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退去妨害による取消し(同法第4条第3項第2号)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、事業者が消費者契約の締結について勧誘している場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から消費者を退去させないことにより困惑して契約の申込みや承諾をした場合は、契約を取り消すことができます。この場合、消費者が、勧誘を受けている場所から退去させるよう求めたことと事業者が退去させなかったことを立証した場合には、事業者側の強迫の意思等の主観面を立証しなくても、契約が取り消されることとなります。
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契約が取り消された場合の返還の範囲
消費者により、消費者契約が取り消された場合は、民法に従い、契約は初めから無効であったとみなされますので、事業者は、消費者契約に基づいて受領した代金の返還をする必要があります。
契約条項が無効となる場合とは
- 免責条項の無効(同法8条)
事業者の債務不履行や不法行為によって消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項や、事業者の故意又は重過失による債務不履行や不法行為によって消費者に生じた責任の一部を免除する条項は、消費者の利益を不当に害するとして消費者契約法により無効となり、たとえ契約書において「発生した事故等に関しては、当社は一切責任を負いません。」という免責条項を定めていたとしても、事業者は責任を負うことになります。また、同様に、目的物に隠れた瑕疵がある場合に消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項も同様に無効となります。
- 損害賠償額予定条項の無効(同法9条)
契約解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらの合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものについては、当該超える部分は法律上無効であるとされています。この、平均的な損害の額は、当該消費者契約の当事者たる個々の事業主に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり、解除の事由、時期の他、当該契約の特殊性、逸失利益・準備費用・利益率等損害の内容、契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情に照らして判断されることになります。
また、金銭の支払義務の不履行があった場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらの合算した額が、支払期日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6%の割合を乗じて計算した額を超えるものについては、当該超える部分は法律上無効であるとしています。なお、金銭消費貸借契約に基づく損害金については、利息制限法の定めるところによるものとされています。
- 一方的利益侵害条項の無効(同法10条)
消費者契約法は、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合と比較して、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項で、民法第1条第2項の規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する規定は無効であるとされています。具体的には、受講契約等の中途解約につき受講料等の返還を一切認めないとする規定や、賃貸借契約における敷引契約等が同法10条により無効とされる場合があります。
適格消費者団体による訴訟制度
適格消費者団体による訴訟制度とは、不特定かつ多数の消費者の利益のために消費者契約法の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する消費者団体として、内閣総理大臣の認定を受けた団体に、訴訟の当事者となり、事業者による不当勧誘行為や不当条項を含む契約の締結等を行う又は行うおそれがある場合に、差止請求を認める制度である。
これは、多くの消費者の被害の発生及び拡大を未然に防ぐために認められた制度であり、たとえば事業者が定型の書式等を用いて契約を行っている場合等に提起されることが予想されますが、この差止請求がされた場合には、新聞等に大きく取り上げられるなど、企業イメージの低下に直結する危険性が極めて高いといえます。
事業者の対策
事業団体によっては、事業団体が法令等の解釈について検討し当局と確認をしたり、消費者に対する情報提供や販売方法についてガイドライン等を策定したりしている団体もありますが、個々の企業による対策が大事であることは言うまでもありません。
まず、契約締結段階のトラブルを未然に防ぐものとしては、
- 営業員や系列販売会社、販売代理店に対して、消費者契約法に関する研修等を実施する
- 消費者に対する販売方法についてのマニュアルを作成する
- 消費者にわかりやすく説明するために、消費者に交付する資料や商品内容についてのパンフレットを作成する
などが考えられます。
これらのマニュアルや消費者に交付する資料、パンフレットは多くの営業員が使用したり、多くの消費者に交付されたりするものですので、それらの資料が原因で後にトラブルが発生すると五月雨式にトラブルが増える可能性も否定できません。
したがって、それらの資料の作成に当たっては、弁護士に相談しながら作成をするか、完成後に弁護士によるリーガルチェックを受けてから使用することを強くおすすめします。
また、契約条項のトラブルについても、定型の契約書の作成の段階で弁護士に相談するか、少なくとも完成後に弁護士によるリーガルチェックを受けてから使用することにより、未然にトラブルが防げるといえるでしょう。