不動産賃貸管理の実務
行方不明借主対策
一. 問題
建物賃貸借で一番困ることの一つに、借主が荷物を残したまま行方不明になってしまうことがあります。勿論家賃は支払わないし、残した荷物は引き取り手もいません。このままでは次の人に貸せません。一体どうしたいいのでしょうか。荷物を放り出してしまっていいのでしょうか。具体例がありますのでこれに沿って考えましょう。
二. 事例紹介
「行方不明借主の荷物を処分した家主が267万円の損害賠償を命じられた事例」(浦和地方裁判所、平成6年4月22日判決、判例タイムズ874-231)
[事案]
事案の概要は次の通りです。
- 借主は元暴力団員で、フィリピンダンサーの住いに利用していた。
- 契約書には「明渡しが出来ない場合は、遺留品は放棄され遺留品を売却処分し債務に充当しても異議はない」旨に条項があった(これを「自力救済条項」といいます)。
- 借主は平成2年1月より行方不明で6月分滞納していたが、どうやらフィリピンで逮捕され連絡がつかなかった模様である。
- 借り主の内妻も、契約書上「遺留品の管理処分権限」を与えられていた連帯保証人も荷物の引取りを拒否した。
- そこで家主は弁護士と相談し、平成2年6月に荷物を廃棄処分したが、その際、目録作成も写真撮影もしなかった。
[請求]
これを帰国後に知った借主は家主を相手に1933万円の損害倍賞を請求した。内訳は廃棄された家具代金1263万円、慰謝料500万、弁護士費用170万である。
[判決]
この事件についての裁判所の判断は次の通りです。
- 契約書に自力救済条項があっても、本件の荷物廃棄処分は「やむを得ない場合」でないから、家主のした廃棄処分は違法である。
- 家財損害 を250万円、と見積もる。根拠は日本火災の統計で独身男性の持っている家具評価が200万円であるので多くとも250万円以下。
- 慰謝料60万円。借り主は帰国後所持金なく宿泊場所もなかったなどの事情を考慮。
- しかし借主が、内妻や連帯保証人に適切な指示をしなかったは借主に過失があるから、これを3割と見て3割分を過失相殺で減額して、217万円。
- これに弁護士費用50万円を認めて総額267万円の支払を命じた。
三. 事例の解説
この事例は多くの教訓を含んでいます。まず事前の対策で契約書に記載して、なにが有効で、なにが無理か、という問題。問題になる事項を列挙してみましょう。
- 自力救済条項はどこまで有効か
- 荷物引き取り代理権の規定
- 立ち退き代理権の規定
- 無催告解除
自力救済の限界
- 最高裁の示した一般論と本件事例での問題点
- 「自力救済」は緊急やむを得ない、極めて例外的な場合に許される(最高裁判例)
- 本件は弁護士に相談し、その指示に従ったが違法とされた
- 荷物搬出自体は損害を与えていない(「部屋を使用できなかった」という損害はない)
- 荷物を保管してあれば問題はなかったと思われる
- ゴミと見なされるもの処分は、「社会相当行為」とされよう(証拠は必要)
- 裁判上の類似参考事例
- アパート借主が廊下に無断で荷物を置き、再三の催告も無視したので、賃貸人が撤去した行為が社会的に相当とされた事例(昭和63.2.4横浜地方裁判所)
- 解除後に、賃借人の立入を妨害した行為が、賃貸人の権利確保措置として不法行為にならないされた事例(昭和51.9.28東京地方裁判所)
- マーケット式の店舗賃貸で、自力で明け渡しをさせたことが不法行為になるとして約32万円の支払いを命じられた事例(昭和47.3.29東京地方裁判所)
実務上の取扱の問題点
- 裁判手続きの建前
- 本来は裁判で、明渡し及び金銭給付の判決を得て、強制執行をすべき
- 裁判勝訴は間違いないが、時間と費用がかかる(不在者には公示送達手続きが必要)
- 裁判以外の解決方法: 自力救済と社会的相当性
- 契約書上の自力救済容認の措置(万全ではないが、無いより有ったほうがいい)
- 部屋への立ち入り容認
- 長期不在時の鍵の交換容認
- 連帯保証人に明渡し容認の代理権限の授与
- 連帯保証人に遺留品の処分権限
- 鍵の交換等
- 部屋の明渡しと荷物の保管
- 親族・連帯保証人などを代理人として、明渡の容認・遺留品処分の容認をさせる
- 現況の写真撮影(明渡し直前の部屋の状況、荷物の所在状況、搬出状況など)
- 遺留品目録の作成
- 明渡しの立ち会いなど明確化
- 荷物の善管注意義務(保管場所の確保)
- 荷物の最終処分(価値の無いものは放棄と見做していい)
- 先取特権による競売(家賃・保管費用)
- 金銭給付判決による強制執行
- 敷金返還請求権の債権譲渡などへの対応