
考えたくはないでしょうが、借家の火災事故は結構多くの事例があります。火事が起きれば大事な資産が消滅します。勿論建物は火災保険にはいっているでしょうが、それだけですべてが解決するわけではありません。
まず火災で建物が滅失すれば賃貸借は終了します。仮に建物の一部が残って修繕可能でも、多額の費用がかかるなら、全体として建物の効用が喪失したとして契約終了が認められます(最高裁昭和42.6.22)。例えば2階建て建物で火事があり、1階賃借部分は消火活動のよる水害のみでも、2階天井が焼け落ちなどすれば全体としての建物の効用は喪失し、契約は終了します(大阪地裁6,12、12判例タイムズ880-231)。ホテルニュージャパン火災では、損傷を免れた8階の賃借人について、改修に全体として350億余を要するので建物全体の効用が喪失した、として賃貸借契約の消滅が認められました(東京地裁平成2.3.26)。但し「罹災都市借地借家臨時処理法」によって、天災による火事で建物が消滅しても、建物賃借人は、その土地もしくは再築後の建物を優先的に借受ける権利が認められる場合があり、これが阪神大震災で適用になりました。
また、仮に一部が残っても解除できる場合もあります。
借主が不始末で火事を起こして建物を滅失させれば、借主は「賃借物の返還義務の不履行」として、その損害(つまり建物価格相当分)を賠償する義務を負担することななります。借主は、借りていた建物を損傷なく返還すべきで、賃借期間中は賃借建物に付いて善良な管理者として火事にならないようにする注意義務(「善管注意義務」といいます)を負担します。
逆に、貸主が火災事故を起こして借主の動産類を焼失してまったらどうなるのか。貸主は賃貸契約上、借主に建物を引渡し、建物を借主が使用収益が可能な状態におく義務があるとされますが、更に一歩すすんでさらに借主の動産類の安全を配慮をする義務があるのか、というのが次の問題です。
こうしたことを考慮しながら、建物賃貸借契約上火災事故に備える有効な事前の対策はないか、を最後に検討します。
事例「借主が依頼した内装工事で火災が発生し家屋が焼失。火災保険の対象でない基礎工事および解体費用の請求が認められ、建物焼失により喪失した賃料分相当分の請求は認められなかった事例」(東京地裁3.7.25判例時報1422-106)
(事案)
(判決)
(コメント)
同じ火災事故でも建物の貸主と借主の間のように契約関係がある場合と、例えば隣同士というように契約関係のない者の間では違います。前者は、借主は建物の保全義務という債務を負っているので、火事になれば債務不履行責任を負担し、原則として借主が過失がないこと立証しなくては責任を免れません。後者は不法行為で、責任を問う方が相手の過失を立証しなくてなりません、しかも火事に場合の不法行為の場合は失火法で「故意・重過失」の場合しか責任を問えません。
日本は木造家屋が多く、家屋が建て混んでいるなどの事情から、出火に付いての責任を故意・重過失に限定しています。「重過失」とは非常識な、程度の酷い不注意で、前記事例のように石油ストーブ近くで火気厳禁の接着剤を使うとか、椅子製作所の作業場で引火性のある危険物、燃焼力のある材料毛布を使うに際しタバコの火種の落下に気づかなかった事例(東京地裁1.3.2判例時報1340-110)などがあげられます。
失火法は契約関係のある場合は適用されませんので、借主は軽過失でも貸主に対する責任を免れません。しかも契約関係のある場合の債務不履行は、損害を生じたことに過失がないことを立証しない限り責任を免れません。例えば、営業時間に更衣室から出火したスナックの火事で、人の出入りなどの管理が不十分で、従業員に消火訓練もしないなどの事情があれば、出火原因不明でも、スナック経営の借主に責任あり、とされました(東京地裁62.3.26判例時報1260-21)。他方、借主の出火で被害があっても、同一建物内の他の借家人や営業者、また近所の類焼者には契約関係がないので、失火法に従って責任を負うことになります。但し、借主の出火で賃主の財産が焼失して事例で、債務不履行だが実質は不法行為責任であるとして重過失を要件とした判例もあります(東京地裁51.3.31判例時報834-71)。これは失火法を適用する場面を、原則として狭める方がいいのか、逆に広く認める方が公正だとするのか、その考え方の違いからきているようです。
事例「貸主の失火による火災で焼失した賃貸建物内の借主の衣料品類の損害について、貸主に債務不履行責任を認めた事例」(最高裁3.10.17判例時報1404-74)
(事案の概要)
(最高裁判決)
貸主は、借主に対して建物引渡義務と、建物を使用収益させる義務を負担していることは争いがありません。したがって貸主の失火で建物を焼失させれば、前記の通り建物を使用できなくなった損害を賠償する義務があります。では、それ以上に、借主の動産類についても安全に管理することまで義務を負うのでしょうか。大阪地裁56.6.16(判タ455-135)、東京地裁59.4.24(判例時報1142-64)は否定説を採用し、貸主にそこまでの義務は負わない、としています。つまり、たまたま貸主と借主が同一の建物に居住するからといって、貸主は、単に自己の生活を営んでいるに過ぎないのであって、なにも「貸主として」そこで生活をしているのではないから、貸主の家財類まで火事に遭わないように安全に配慮して暮らさすことはない、という理屈です。この考えによれば、貸主が失火で借主の動産類が焼失しても、それは出火により近隣に迷惑かけてはならないという「一般人として」の過失であって、失火法によってしか責任を負担しなくていいことになります。
これに対して肯定説は、貸主も生活の過程で借主の賃貸部分の安全な使用に協力すべき債務があると理解すべきだ、と主張しています。いずれにせよ最高裁がこの肯定説に立つと考えられる以上、借主と同居する貸主としては、借主の動産類に火災保険を付けさせるような配慮が必要となるでしょう。また場合によってはアパートを数世帯に貸している場合、他の借主の失火に付いて、貸主の人選ミスや注意不足を理由に貸主に損害賠償を求めることもありますから、その点でも借主に動産類の火災保険を義務付けるのは有効でしょう。
前述したように建物がなくなれば、契約は終了しますが、たとえ小火に過ぎず、修繕により居住には支障がない場合でも、借主が過去何回も小火を出したり、火災後の対応が不誠実などの事情を考慮して、一部焼毀でも信頼関係が破壊されたと解釈される場合は即時解除できることを最高裁判例は認めています(借家人のストーブの灰の不始末で家屋の一部が焼燬したが、2階部分は使用可能で、賃借人は2階で使用していたが解除が認められた事例:最高裁47.2.18)。
「信頼関係破壊」であるとして解除が認められた一部焼毀の具体例を掲げると、(1)無断増改築禁止特約があるのに借主が火災後、勝手に造作部分を超える構造部分の改造をした事例(東京地裁6,10,28判例時報1542-88)、(2)2回も出火があり、もう一度出火した解除できる旨の特約があったのに3度目の出火をし、さらに出火直後2週間も連絡を取らなかった事例(東京地裁60.12.10判例時報1219-86)などがあります。 逆に、天ぷら油の入った鍋を加熱しながら、子供の動静に取られて失念して出火し、建物一部を焼損した事案で、借り主が誠意を以って焼損部分を回復したことなどを考慮し、信頼関係が破壊されていないとした事案もあります(大阪地裁8.1.29判例時報1582-108)。
最後に火事に備えてのいろいろな特約の有効性を検討してみましょう。当事者合意の特約でも、借家関係では、契約終了や更新に関し借主に不利な場合が無効となりますので、この点も考慮しなくてはなりません。
1. 責任を加重ないし軽減する特約
(1)は借主の義務を加重し、(2)は逆に軽減するものです。(1)は借主が再三火事を出した前記東京地裁判決(60.12.10)の事例のような場合は有効となるでしょうが、一般的には効力は疑問です。(2)は失火法の範囲でしか責任を負わないことになりますので、借主はとっては有り難い有効な特約となります。
2. 敷金返還に関する特約
(3)については無効とされます(大阪地裁7.2.27判例時報1542-94)。(4)については、敷金中から実際の損害額に先ず充当し、その残額を没収できるのであって、それを超えて敷金の他に別途に請求できることまで認める趣旨ではないとされます(大判昭和7.9.8)。
また、「途中解約の場合には、一定金額を消耗代金として敷金から差引く」旨の特約は、借り主の責めに帰すべからざる事情で建物が焼失した場合は、適用がない、とされます(東京地裁41.10.31判例タイムズ200-154)
但し契約の途中終了と敷金の返還没収特約をめぐる事例は、例えば「保証金は三年間で3割償却する」とあっても、中途解約では実際の賃貸期間に相当する按分部分のみが償却できる、とする事例(東京地裁4,7,23判例時報1459-137)など、多くの事例があります。無返還特約が一概にすべて無効とまでは言えず、個別の検討が必要です。
3. 石油ストーブ使用禁止特約
これに附いては一応有効とする判例がありますが(東京簡裁62,9,22判例タイムズ669-170)、これをに違反したからといってこれだけで直ちに解除できるかは疑問です。前記の「信頼関係破壊」の理論からすれば、その他に借主側の不誠実な事情が必要でしょう。
4. 火災保険に関する特約
この特約は貸主にとって、特に店舗などに貸すときに、極めて重要な特約といえます。前記の大阪地裁判例(56.6.16)は、この特約は「故意・重過失以外に貸主が借主の動産類の焼失に責任を負わない趣旨である」としています。火事で家財が焼けて損害が生じても保険を付けない借主が悪い、というものです。他の裁判所もこの通りの解釈をしてくれるかは疑問ですが、いざというとき貸主に有利に働く有効な特約であることは間違いありませのんで、是非この特約の利用を考えてはいかがでしょうか。
2014/12/25(木) カテゴリー: