麹町道草日和
ちょっと一息。みらい法律事務所の所属弁護士によるコラムです。

女性を誉めてはいけない

職場で女性の服装や髪形、容貌などを誉めるのはタブーです。
それは女性を「職場の花」(添え物)と見ている現れであって、対等な仕事仲間と見ていない証拠です。
だからセクハラになるのです。
では、仕事ぶりを誉めるのはどうか。
問題なさそうですが、「女性なのに、良く出来るね」などという誉め方はいけません。女性を一段低く見て、「上から」目線で評価しているからです。

今や女性は社会の「脇役」ではなく「補助的」な存在でもありません。それを象徴するのが2017年の映画「ワンダーウーマン」です。
女性はもはや、男性「ヒーロー」に助けられる、かよわい「ヒロイン」ではなく、彼女自身が世界を救う「ヒーロー」なのです。
ワンダーウーマンは、心理学者で弁護士のウィリアム・モールトン・マーストン(1893~1947)が生み出したアメコミ(アメリカン・コミックス)の女性ヒーローで、1940年代初頭に「フェミニズムのプロパガンダ」として構想されました。
「ワンダーウーマンを大統領に」というコミックも登場したように(1943年冬)、彼女は女性の政治参加と権利拡張を主張しました。
その後、ベビーシッターになり、スパイになり、あるいは秘書になりという具合に、「ヒーロー」性が弱くなりますが、1970年代の「第二派フェミニズム」の高揚の中でフェミニズムのアイコンとして復活します(ジル・ルポール「ワンダーウーマンの秘密の歴史」青土社 原著2014、2015)。
そして2016年の映画「バットマンvsスーパーマン」で、コミック誕生以来70年で初めて映画のスクリーンに登場します。ミス・イスラエルで兵役の経験もある身長180センチ近いガル・ガドットが演じるワンダーウーマンはとてもパワフルで、なるほどアマゾネスの子孫だと感じさせます。
彼女が主演した2017年の映画「ワンダーウーマン」は監督も女性のパティ・ジェンキンスでしたので「フェミニスト映画」と評され、大ヒットしました。女性がヒーローとなる時代の到来を宣言しているようです。

しかし他方では、男女間の格差は世界で依然として存在しています。
2019年12月に経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ」(世界の男女平等の度合い)のランキングでは、日本は153ヵ国中の121位、特に政治分野の遅れが大きく144位で、これは先進国最低順位です。
女性が活躍できる環境の整備が日本は遅れています。そんな日本の中でも、いろんな分野で女性「ヒーロー」たちが活躍しています。
特に研究の分野での日本人女性研究者の奮闘ぶりには、目を見張ります。
小川さやかさんの「『その日暮らし』の人類学」(光文社新書)は、現地タンザニアにはもちろん、商品(偽物)の仕入れ先の中国広州市のアフリカ人街まで出向いて、タンザニアの露天商の実態を調査した報告です。
最近の彼女の「チョンキョンマンションのボスは知っている」(春秋社)では、香港のタンザニア人たちが、国にも制度にも組織にも頼らず、独特な信頼のネットワークでたくましく商売する姿を報告しています。
日本のビジネスマンよ、組織に頼らず個人の力で商売する彼らを見習ったらどうか、というメッセージが伝わってきます。

飯山陽さんの「イスラム2.0 SNSが変えた1400年の宗教観」(河出新書)によると、これまで宗教エリートの法学者の知識・解釈を受け入れてきたイスラム教徒が、翻訳・検索機能の進化やネットの「グーグル先生」によって、もはや権威に頼らずコーランやハディーズの原文に直接触れ、マホメットの言葉をそのまま受け取れるようになりました。
そして、その言葉通りに行動せよ、と言うイスラム教徒たちの呼び掛けがSNSで拡散して、その結果「原理主義」が世界中に広がっています。
そのことをリアルに報告していて、ちょっとショッキングです。
益尾知佐子さんの「中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係」(中公新書)では、中国の行動原理をその「外婚制共同体家族」という家族制度から説き起こしています。
中国の共同体では、家長が一人だけ強くて権威を独占し、子供たちはライバルで横のつながりはありません。
習近平という父親の元で、党は第一夫人の、軍は第二夫人の、国は第三夫人の、それぞれの子同士で、お互いに権力闘争をするのです。
組織内でも同じレベルの者同士は助け合いません。
なるほど、と納得させられます。

彼女たちは、飯山さんは東南アジアに住み、益尾さんは中国広西チワン自治区など中国現地での調査、という具合に、小川さんだけなく三人とも外国現地で、外国人相手に政治の動向や経済活動の調査を行っていて、とてもパワフルでタフだなと感心します。
それだけでなく、なにより魅力的なのは、緻密な学問的調査に支えられた上での、結論の大胆な「率直さ」です。
「忖度」「配慮」によって結論があいまいになったり、逆に強引な結論が押し付けられたりしてすると、もやもや感が残ります。
彼女たちの著書では、そういうもやもやが、気持ちがいいくらいに払拭されています。
そこが「ヒーロー的」なのです。

吉田健一は「昔話」(講談社文芸文庫)で、イギリスのエリザベス一世(1533~1603年)の統治が優れていたのは、本来女性に備わっている「持久性」にある、といいます。
1588年アルマダの海戦でイギリスがスペインの無敵艦隊を撃滅させても、男性だったら有頂天になったかも知れないのに女王は冷静でした。
持久性は、男性は努力して身につけねばならないが、女性にはそれがもともと備わっているというのです。

そうなんですね。
持久力で優れた女性は、チャンスさえ与えられれば「出来る」ようになるのは当り前なのですから、誉めるなんておこがましい。
我々は、せめて女性ヒーローたちの仕事の邪魔をしないようにしなければ。