麹町道草日和
ちょっと一息。みらい法律事務所の所属弁護士によるコラムです。

観光客と法律事務所の依頼者、その共通点から見えること

観光客と法律事務所の依頼者、一方は煩わしい日常から解放されて旅行を楽しむ人、他方はトラブルを抱えて悩んでいる人。

まるで真逆の立場ですが、共通点があります。
どちらも「ふだんは、そこにはいない」人たちだ、ということです。

観光地では、二度とそこに来ない客だと見越してぼったくる「ツーリスト・トラップ(旅行者の罠)」を仕掛ける不埒な観光業者がいます。
法律事務所も観光地と同様に、一生に何度も来るようなところではない。
そこで弁護士でも同様の発想をする人がいます。
弁護士になりたての頃、やり手という評判の弁護士が「依頼者は人生で一度くらいしか弁護士に依頼しないから、そこでありがたがらせて高額の報酬を吹っかけて取っても分からないし、分かっても影響がないんだ」と言うのを耳にして驚いたことがあります。
弁護士の仕事は、依頼者とお互いに信頼し合って成り立つものです。
カモにするなんてもっての外です。

さて、観光地巡りをする観光客は、予定通り旅行がスムーズにいくように、事前に緻密な計画を立てるのがふつうです。
こういう観光客というのは「脆い(もろい)」んだと、ベストセラー「ブラック・スワン」の著者ナシーム・ニコラス・タレブさんは、最近の著書「反脆弱性(はんぜいじゃくせい)」(ダイヤモンド社)の中で指摘しています。

観光客は、快適性・利便性・効率性のために、些細な点まで予測可能にして、不確実性なランダム性を予め排除しようとします。
しかしそういう旅行計画には余裕が無いので、何か突発的な事態が起きたらお手上げです。
だからタレブさんは、観光客は「脆弱さ」の典型だというのです。
現代人は予想し尽くし手配し尽くそうという「観光客化」の現代病にかかって「脆く」なっている。
予測不可能な未来に立ち向かうには、脆弱では論外だが、堅固なだけでもダメで、変化を喜んで受け入れそれを糧にする「反脆さ(はんもろさ)」がなくてはならない、というのがタレブさんの主張です。

批評家の東浩紀さんは逆に、観光客を積極的に評価しています。
東さんによれば、観光の本質は「ふわふわ」性であり、偶然性に任せるものです(ここがタレブさんの観光とは違います)。
観光客は無責任ですが、「まじめ」と「ふまじめ」の二項対立を乗り越え、「まじめ」で公的にしか対応できない政治の「まちがい」に気づくことができます。だから、観光客は世界中を闊歩することで非政治的な政治を作り出し、公共や普遍の可能性を広げるのです。(東浩紀「ゲンロン0観光の哲学」ゲンロン)。

東さんは、「ネットは階級・所属を固定する道具でそこから逃げ出せなくなるメディアだ。自分を変えるにはそこから抜け出して、弱いがリアルな絆によるつながりをつくるべきだ。」と指摘し、その「弱いつながり」の方が人間関係の可能性や各人の創造性を広げる、と主張します(東浩紀「弱いつながり~検索ワードを探す旅」幻冬舎文庫)。
観光はこの「弱いけどリアルなつながり」の実践なのです。

タレブさんの「観光」は、観光名所巡りの予定がぎっしり詰まった旅行なんでしょうが、東さんの「観光」は、綿密な計画はなく、好奇心や偶然の出会いから、自分の頭で作った壁が崩れる、という想定外も起きる旅です。
タレブさんは「分別ある遊び人」で「オプション性を探す人」が、「観光客の反対」の「反脆い」人だ、というのですが、東さんの「観光客」はまさにそれではないでしょうか。

東さんが指摘するように、人間同士が、ネットに左右されない、リアルな、でもべったりでない、ゆるやかなつながりの関係ができれば、その「弱いつながり」は「反脆く」、ゆったりとした交流が、何か新しい変化を生むこともあると思います。

法律事務所と依頼者も、この「弱いけどリアルなつながり」が続くのが理想的です。
法律事務所と依頼者のお付き合いは、観光客と同様、通常は一時的なことがほとんどです。
「弁護士の世話になるようなことには、なりたくない」と私の友人達はよく口にします。
確かに友人達とは普段は依頼者と弁護士の関係ではありませんが、でも弁護士が必要になれば、私に依頼してくれます。
また、かっての依頼者は、日ごろの付き合いはなくなっても、私たちの法律事務所を信頼してくれて、別の依頼者を紹介してくれることもあります。

年賀状だけのつきあいは「弱いつながり」ですが、普段は付き合いが無くても、いざという時にまともに対応してくれるだろうという信頼できる弁護士を、ネット上だけではなくリアルに知っていれば安心です。

海外旅行の観光客にとっては、臨機応変な対応ができる「反脆い」添乗員がついていれば、いざトラブルになっても安心です。

私たちは、私たちと縁があって知り合になった皆様方と間で、「弱いけれどリアルなつながり」がずっと続き、頼りになる添乗員のように、いざという時に役に立つ「反脆い」法律事務所であり続けたいと思っています。